大判例

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東京高等裁判所 昭和33年(行ナ)22号 判決

原告 林好人 外一名

被告 特許庁長官

主文

昭和二十九年抗告審判第三四〇号事件について、特許庁が昭和三十三年四月二十三日にした審決を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

原告等は、主文同旨の判決を求めると申し立てた。

第二請求の原因

原告等は請求原因のとして次のように述べた。

一、原告林好人は、その発明にかゝる「写真引伸密着におけるライン式焼付時間決定装置」について、昭和二十七年十一月二十八日特許の出願をなしたところ(昭和二十七年特許願第一八、八三四号事件)、昭和二十九年一月三十日拒絶査定を受けたので、同年三月一日右査定に対し、抗告審判を請求した(昭和二十九年抗告審判第三四〇号事件)。その後原告田中保は、原告林好人から右特許を受ける権利の一部の譲渡を受け、その共有者(持分五分の一)となつたので、昭和三十三年三月二十五日出願人の名義変更届をなし、抗告審判請求人として参加したが、特許庁は同年四月二十三日原告等の抗告審判の請求は成り立たない旨の審決をなし、その謄本は同年五月二十一日原告等に送達された。

二、右審決の要旨は、「抗告審判官は、原告に対し、本願発明は要旨不明、発明未完成のものであるから、特許法第一条の特許要件を具備しないとの拒絶理由を示したのに対し、原告は訂正明細書を提出した。その訂正明細書では、本発明の構成要件と思われる各部分の構成について説明しているが、出願当初の明細書には、この記載がなく、かつ図面からは当業者なら誰でもが理解できるものではないので、該訂正書は、出願の要旨を変更するものであるゆえ、採用できない。故に本願は、依然として要旨不明、発明未完成のものであり、請求は成り立たない。」というのである。

三、しかしながら審決は次の理由によつて違法であつて、取り消されるべきものである。

(一)  審決は、訂正明細書は、出願の要旨を変更するもので、採用することができないとするが、出願の要旨とは考案の本質で、それを変更すれば、その同一性を失うものであり、その解釈は、特許発明の明細書、図面等を参酌して決定される。原告林好人(以下特に記載しないほかは、すべて原告という。)が、当初特許願に添付した明細書及び図面(以下原明細書という。)は、一体として基本たる発明の構成に基いて存する技術的構成と、その技術的効果とを明らかにしており、その後提出した訂正明細書は、そのいずれをも変更するものでなく、また考案の本質、同一性も変えるものではない。この点において審決は違法である。

(二)  審決は、原明細書には、各部品の構成については記載がなく、図面からは当業者なら誰でもが理解できるものではないから、訂正明細書の各部構成についての説明は、要旨の変更であるとするが、原明細書は、一体として基本たる発明の構成に基いて存する技術的構成とその技術的効果を明らかにしている。

審決の指定する各部分の構成に関しても、各部分に付した名称(例、焼付時間ライン盤)は、図面(第三図)と、明細書記載の使用法(第四では、引伸器のスイツチを入れ、希望の大きさの画面でピントを合せ、拡大率テスターをネガと取り替え、その投影面にて焼付時間ライン盤上に変更修正された系数のラインの長さを求めれば、それが焼付時間である。)と相俟ち、各部分の構造を明確にし、発明の要旨を示している。

説明の程度は、要旨の変更とならない限り訂正を許容され、追完可能の範囲であり、また当業者なら誰でもが理解できるものではないとの観点は、昭和三十二年施行規則改正で採用されたもので、これを昭和二十七年の出願に適用することは、法令の適用を誤つている。

(三)  審決は本願発明の要旨は不明であり、発明は未完成であるとするが、発明未完成の意味が、書類上か事実上か、あるいはその両者の意味か判明しない。書類上未完成の意味なら、前述の訂正明細書により判定すべきである。また事実上の意味なら、原告は多年にわたる労苦の末、本発明を完成したもので、その結果は専門家もこれを激賞し、原告自身本発明を使用して以来作画に一枚の失敗もなく、写真のスリルを喪失したほどで、発明は事実上完成されているものである。

第三被告の答弁

被告指定代理人は、「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は、原告等の負担とする。」との判決を求め、原告等主張の請求原因に対して、次のとおり述べた。

一、原告等主張の請求原因一及び二の事実は、これを認める。

二、同三の主張はこれを否認する。

(一)  先ず原告主張の(三)の点から述べるに、本件出願の発明は、写真引伸印画焼付に際し、適正な焼付時間を決定することを目的としたものであることは、出願当初の明細書の記載に徴して明らかである。またその目的のために一種の図盤(数値を配列記入した表)その他一連の装置を提供するものであることも、明細書及び図面から知ることができる。

ところで発明目的達成のために、図磐その他一連の装置を発明したとしたならば、それらの装置はすなわち発明構成の要件をなすものであり、それらの装置がどのように構成されているかを説明して初めて発明を認識できるものである。しかるに、出願当初の明細書の「発明の詳細なる説明」の項においては、例えば第二回に示すボルト別ライン変更盤(出願人の名付けた名称で、一般普通に通用されているものではない。)なるものは、前記の発明の構成要件としての一装置(図盤)とみられるが、このものがどのように作られ(すなわちその数字の意味及び数字の配列の仕方)その図盤をどのようにして使用するかの点について説明していない。また説明をまたないで図面の上だけで、それらが判断されるものでもない。このことは第三図の焼付時間ライン盤と出願人が称する図盤とついても同様である。

上述のように本願発明の本体をなすものと認められる、例えば上記の図盤の構成が不明であれば、発明の存否や新規性について判断する特許審査、審判において、その判断すべき対象物が不明というべく、これすなわち本願発明は、その要旨が不明ということであつて、審決が、本願発明の要旨が不明であるとなした点に毫も違法はない。

発明について特許出願をなす場合は、特許願、明細書及び図面を提出してなされる、いわゆる書面主義に基いて行われるところより、発明の完成、未完成あるいは特許性、不特許性につき、審査及び審判で論ずる場合、提出された願書に添付の明細書並びに図面の記載について判断することは、いわゆる書面審理主義に基く、特許法上の一般原則であることは明らかで、出願された発明の内容を明らかにする明細書及び図面の記載を全く離れて、事実行為について、前記の点を審理するものではないので、事実について審理しなくても違法はない。

(二)  次で原告主張の(一)、(二)の点について述べるに、本願が原明細書において、その発明がいかに構成されているかについて説明していないことは前述のとおりである。原告が抗告審判において昭和三十年三月二十五日付で訂正した訂正明細書(甲第十三号証)には、先に指摘したボルト別ライン変更表、焼付時間ライン盤の作り方や、使用法について説明しているが、該訂正において原明細書に全くなかつた本願発明の構成要件に初めて説明を加えている。

このように前記の訂正は、原明細書に何ら説明されなかつた発明の本質をなすものと認められる主要部分を、新たに補充説明したもので、単なる説明の不備、不明瞭を補うものではない。

従つて審決が、右の訂正が出願の要旨を変更するものとしたことには何ら違法はない。

第四証拠〈省略〉

理由

一、原告等主張の請求原因一及び二の各事実は、当事者間に争がない。

二、各その成立に争がない甲第十三号証(原告等が抗告審判に提出した最後の訂正明細書)及び甲第十一号証(同訂正図面)の記載によれば、原告等が特許を請求する本件発明の要旨は、「(一)特定の標準条件における焼付秒数をあらかじめ実測した濃淡各種のネガフイルムよりなり、その各々には右の焼付秒数を記載してあり、引き伸ばそうとするフイルムと比較して、先ず基準焼付秒数を決定するための『標準ネガフイルム盤』(第一図)、(二)光源電灯の電圧が異なるとき、特定の標準における焼付秒数を、電圧の変化に対して如何に修正すべきかを指定する数値を表にした『ボルト別ライン変更表』(第二図)、(三)ネガフイルムの拡大される部分を区切り、その区切られた部分の投影の大きさが、焼付秒数を求める指標となるようにした『拡大率テスター』(第三図)及び(四)最小拡大率における焼付秒数を、その線の名称とする多数の平行線よりなり、各線には大小各種の拡大率の場合の焼付秒数を記載したもので、拡大率テスターの投影の一辺の長さを指標とし、ボルト別ライン変更表の指定する一本の線上において、所要の焼付秒数を読み取るようにした『焼付時間ライン盤』(第四図)からなる写真引伸焼付時間決定装置」に存するものと認められる。

三、先に認定した当事者間に争のない事実によれば、審決は、右「訂正明細書では、本発明の構成要件と思われる各部分の構成について説明しているが、出願当初の明細書には、この記載がなく、かつ図面からは当業者なら誰でもが理解できるものではないので、該訂正書は、出願の要旨を変更するものであるゆえ採用できない。)としているものであるから、先ず右訂正明細書に記載した発明の要旨が、出願当初の明細書に記載された発明の要旨を変更するものであるかどうかについて判断するに、その成立に争のない甲第一号証によれば、原告は、当初特許願に添付して提出した明細書における「登録請求の範囲」(「特許請求の範囲」の意味と解すべきである。)の項に、「焼付時間ライン盤(第三図)、硬軟別ライン系数付標準ネガフイルム盤(第四図)、ボルト別ライン変更盤(別名スライダツクスいらず)(第二図)の各々及びライン式を特徴とする焼付時間決定装置」と記載し、その「図面」には、第一図として、コードプラグを付した電圧計(以下すべて明細書中「図面の略解」に従えば、『卓上ボルト計』)、第二図として、数表であつて横の第一欄中「95」の下に「V」の文字を記載し、その「95V」を含む縦欄を太線で囲み、その上下の欄外に右向き及び左向きの矢印を記載したもの(『ボルト別ライン変更盤(別名スライダツクスいらず)』)、第三図として、数本の平行線に夫々目盛と数字とを記載した表(『焼付時間盤』)、第四図として、「〇〇三号印画紙と横書にした下方の左右に各五箇ずつ「ます」を画き、これにそれぞれ短形に囲まれた数字を記載したもの(『硬軟別ライン系数付標準ネガフイルム盤』)、第五図として、短形の中に小さい短形を画いたもの二箇(『拡大率テスター』)が記載されている。そして右当初の明細書に添付した図面と最後の訂正図面(甲第十一号証)とを比較してみると、後者は、前者の第一図が削除された以外は、些細な変更があるのみで、最後に訂正された明細書(甲第十三号証)を読むのに、この図面を以てしても、何等の支障がなく、そのまゝに本件発明の構成及び作用を理解することができるものである。

更に本件発明の目的、作用、効果及び実施の態様について見るに、その成立に争のない甲第一号証から第十三号証までによれば、原告は昭和二十七年十一月二十八日本件特許出願(甲第一号証)以来、審査官、審判官から拒絶理由が通知されるたびに、或いはみずから進んで、昭和二十八年十月二十六日、昭和二十九年二月二十七日、昭和三十年五月十八日、昭和三十年六月二十四日、昭和三十年十二月六日、昭和三十三年三月二十五日の数次にわたり訂正書を提出しているが、「発明の性質及び目的の要項」として当初の明細書(甲第一号証)に「この発明は、ネガフイルムによる焼付時間を簡単正確に決定できる一連の装置である。その目的とする所は高価な照度計、スライダツクス等を使用せず、又試し焼の手数を省略し、アマチユアにも専門家にも容易に印画作成を可能ならしめんとするものである。」と記載して以来、その後昭和二十九年二月二十七日の訂正書において、多少字句の訂正をしたに過ぎず、発明の作用、効果及び実施の態様に至つては、各訂正書を通じて、時々その説明に簡繁はあつても、その本質においては、終始一貫して変るところを認め得ない。

すなわち、原告等が最終に提出した訂正明細書及び図面に記載された、本件出願発明の構成要件、目的、作用、効果、実施の態様は、すべて原告が当初特許願に添付して提出した明細書に記載されたところに、何物も加えられず、また何等の変更もなされたものでなく、両者に表現せられる発明の本質は全く同一であつて、当裁判所は、審決が何を以て、これを要旨の変更とするものであるか、これを理解することができない。

もつとも本件においては原告が当初特許願に添付した明細書及び図面(甲第一号証)、ことに明細書中「発明の詳細な説明」の記載が、簡略に過ぎこれのみによつては、本件発明の内容を完全に理解しにくいことは否み得ない。しかしながら出願人は、その後審査官、審判官からの拒絶理由の通知により、或いはみずから進んで、これを訂正し補充することを妨げるものではなく、本件において、原告が、前述のように、数次にわたる訂正書の提出により、当初不明瞭であつた記載を、明瞭ならしめたからといつて、そのこと自体をとらえて、要旨の変更となすべきでないことは、多くいうをまたない。

四、なお審決が「本件は、依然として要旨不明、発明未完成のものであり、(抗告審判の)請求は成り立たない。」としているものであることは、当事者間に争のないところであるが、すでに前項において詳細に記載したところにより、原告等の本件発明の要旨は、原告等の数次にわたる訂正により、当業者において容易に実施し得べき程度に明白ならしめられ、また原告の発明は(その新規性の有無は別として)出願の当初より完成されていたものと認定するを相当とするから、右の事由によつて、本件出願を拒絶すべきものとは解されない。

五、以上の理由により、審決には原告の主張するような違法があるものと認めるから、これを取り消し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決した。

(裁判官 内田護文 原増司 入山実)

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